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ボンクリ・フェス2026 “Born Creative” Festival 2026
“新しい音楽”のフェス「ボンクリ」その現在と未来(後編)
ジャンルや形式を超えた新しい音楽ばかりを取り上げる音楽フェスが日本に、ある。大きな劇場を舞台に、世界中から音楽家が集まるフェスは、今回で8回目を迎える。
同フェスのアーティスティック・ディレクターで、作曲家の藤倉大が、今までを振り返り、ボンクリの見どころ・聴きどころについて語る。
同フェスのアーティスティック・ディレクターで、作曲家の藤倉大が、今までを振り返り、ボンクリの見どころ・聴きどころについて語る。
聞き手・執筆:杉田元一(音楽制作)
【第4章】
ボンクリ名物「トーンマイスター石丸の部屋」「大人ボンクリ」はいかにして生まれたか
藤倉:ボンクリは、僕にとってキュレーターとして、そして舞台裏を支える人たちの仕事の進め方を学ぶための、貴重な体験の場でもありました。
芸劇に限らず、劇場やホールのプロフェッショナルなスタッフは、普段、様々なジャンルの音楽・演劇・ダンス公演を数多く手がけています。でも、そうした公演では、彼らが持っている能力を100%発揮する機会が、必ずしも多いとは限らない。音響だけでなく、照明チーム、舞台チームも同じです。
だからこそ、ボンクリという場の中で、彼ら自身が「出し切った!」と思えるような瞬間を作れたら、僕としてはこれ以上うれしいことはない。
僕は個人的に、舞台裏で活躍している方たちが大好きなんです。指揮者や演奏家はもちろんですが、それ以上に、劇場の音響を司る人たちをとても大切に思っています。
ボンクリの最初の年、僕は芸劇に「自分の知っているサウンドエンジニアを連れていきたい」と伝えました。自分の作品を演奏する場合、僕はまず音響スタッフをブッキングするくらい重要視していますし、当時は芸劇のスタッフのことを、まだよく知らなかったからです。
すると芸劇の事業担当者から、「うちにも『トーンマイスター』がいますから、一度会ってください」と言われました。
杉田:芸劇が誇る『トーンマイスター』、石丸耕一さんですね。
藤倉:それで石丸さんとお会いしました。石丸さんのお話はとても興味深く、会話はとても盛り上がりました。そこで僕は「この人はもっと前に出るべきだ」と思ったんです。
誰かを介して音響の話をするのではなく、石丸さんご自身が話したほうがいい——そう思って、その場で提案したんです。「トーンマイスター石丸の部屋、やりましょう」って。
杉田:いまや、ボンクリの名物企画のひとつですね。
藤倉:はい。ボンクリの核と言ってもいいと思います。
音がどうやって響くのかということは、音楽に関わる人にとって永遠のテーマなのに、意外と人気のある演奏家や指揮者ほど、そこに強い関心を持たないことが多い。そこが、僕にはずっと不思議だったんです。
杉田:藤倉さんと、チェルフィッチュの岡田利規さん(東京芸術劇場 芸術監督参与、次期芸術監督(舞台芸術部門))とのコラボレーション作品が生まれた背景にも、この「トーンマイスター石丸の部屋」が関係していたと聞いています。
藤倉:そうなんです。当時、岡田さんと音楽劇『リビングルームのメタモルフォーシス』を創っていたとき、岡田さんが「トーンマイスター石丸の部屋」を見に来てくださった。
そのときの石丸さんは、子どもを相手に声を変調するワークショップをされていたのですが、それを見た岡田さんが、「最後の朗読の声を、ああいうふうに変調したら面白いんじゃないか」と言ったんです。子どもの心を持ったクリエイターが、その場で受けた刺激を、そのまま作品に反映させたんですね。
杉田:そこに岡田さんが居合わせたからこそ、生まれた瞬間ですね。
藤倉:はい。ボンクリは、そこにいないと体験できない、聴けないものばかりなんです。
杉田:石丸さんといえば、ボンクリの人気プログラム「大人ボンクリ」も、石丸さんがOKしたことで実現したと聞いています。
藤倉:演奏者がステージにいないコンサート「大人ボンクリ」は、大ホールの公演が終わったあと、ホールが空いていることに気づいたのが始まりでした。「これは使わない手はないな」と思って提案したところ、芸劇から出された条件は、「予算増なし、追加スピーカーなし、あるものだけで可能な電子音楽を聴くというコンセプトで、トーンマイスターの石丸さんがOKなら実現可能」というものだったんです。
杉田:「大人ボンクリ……怪しい響きでいいですね(笑)。やりましょう!」と、石丸さんが即答されたとか(笑)。
藤倉:そうなんです(笑)。
演奏者がいないコンサートというのは、舞台に立つ人よりも裏方が好きな僕にとって、最高のコンセプトでした。
杉田:照明チームも大活躍でしたよね。深海にいるようなブルーの照明の中で聴くモダンな響きは、とても新鮮でした。
藤倉:あれこそ、照明チームの本領発揮でしたよね! 彼らの中にある創造性が解き放たれた瞬間だったと思います。
照明チームだけではありません。ボンクリの「舞台転換のスムーズさ」は、かなり自慢できるポイントだと思いませんか? 僕は、舞台転換に時間がかかることに、ものすごくストレスを感じるんです。その点、芸劇の舞台転換は、F1レースのピットでのタイヤ交換並みの速さだった。ヨーロッパのフェスを数多く経験してきた僕からすると、これは本当に驚くべきことなんですよ。
杉田:ちなみに今回の「大人ボンクリ」は、これまでのように大ホールではなく、地下一階のシアターイーストで開催されるとのことですが。
藤倉:そうです。今回のボンクリでは、芸劇で地下一階のふたつのシアター——イーストとウエスト——を初めて使うんです。最後だというのに、こうして新しい試みができるのも楽しいじゃないですか。
芸術劇場を知り尽くしたスタッフがいてくれるからこそ、僕も安心して、ウロウロできます(笑)。
杉田:これまでのように、オルガンを見上げながら大ホールで聴く「大人ボンクリ」も、楽しかったですけどね。
藤倉:大ホールでの「大人ボンクリ」は、音の響きそのものを体験するだけでなく、「ホールがどうしてああいう響きになるのか」を知るための、ありがたい実験の時間でした。
だから最後に会場を変えて、「ここではどんな響きになるんだろう」と考えるのは、とても楽しい! 自然の成り行きを逆手に取ってチャンスに変える。その条件で、何ができるかを、最後までみんなで考えたんです。
杉田:いつまでも、新しい響きを追い続けるということですね。
藤倉:そうなんですよ!
【終章】
公共劇場で開催する意味と、ボンクリのこれから
藤倉:ボンクリを続けるなかで、いろいろなホールの方から、「ボンクリみたいなこと、うちのホールでもできませんか?」と尋ねられることがときどきありました。もちろん、社交辞令的なものも含まれているとは思いますけど。
杉田:「ボンクリみたいなこと」って、あらためて考えると、何なんでしょうね。
藤倉:はっきりと「これだ」と言えるものは、実は僕もよく分からないんですけど……ストラヴィンスキーの言葉で「I limit myself to go forward(自分は自分に制限をかけることで先に進む)」みたいな名言があったように記憶しているのですが、これに近いかもしれません。
杉田:なるほど。まさにボンクリだ。だからボンクリは自由だった。
藤倉:芸劇は公共のホールなので、ルールが厳しい部分もたくさんありました。でも、だからこそ、その制限の中で、時には制限を糧にしてどれだけクリエイティヴな展開を図れるかが腕の見せどころでもあり、おもしろいところでした。
僕は最初から、ボンクリを「公共のホールでしかできないイベント」にしたいと考えていました。たとえば、無料で聴ける公演を多くすることも、そのひとつです。
これは、英国やヨーロッパ的な感覚かもしれません。向こうでは、商業的な匂いがした瞬間に、新聞に批判的な記事が出たりしますからね。
坂本龍一さんの「PLANKTONの部屋」(2023年)や、今年の「asyncの部屋」が無料なのも、坂本さんご自身の希望でしたし、「電子音楽の部屋」や「アトリウム・コンサート」なども含めて、これは公共劇場だからこそ可能だったことだと思います。
杉田:それは本当に素晴らしいですよね。気軽にふらっと立ち寄って、新しい音楽に出会えるわけですから。
藤倉:そうそう、それが大事なんです。
ボンクリは今回で現行の形としてはいったん終わりますけど、別の場所で「ボンクリ的なもの」が始まるなら、きっと違う形になるでしょう。僕がまた関わることがあるかもしれないし、もちろん、僕がいなくても十分に成立すると思います。
杉田:ボンクリは年に一度でしたけど、こういう自由なイベントが、規模は小さくても月に一回くらいあったらいいな……長年ボンクリを見届けてきた立場としては、そう思いますね。
藤倉:本当にそうですね。音楽はネットでも聴けるけれど、ボンクリのような「場」があれば、そこには必ず新しい体験が待っている。
授業が終わったら「今日、また行ってみる?」みたいに、日常の中にそういう場所があるのが理想だと思います。
杉田:ボンクリはいったん幕を下ろします。でも、「ボンクリ的なもの」は、この先も生き続けて、きっといつかまた別のかたちで姿を現すでしょう。
藤倉:そうなることを僕は心から期待しています!
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大阪府生まれ。15歳で単身渡英しG.ベンジャミンらに師事。これまでに数々の作曲賞を受賞、国際的な委嘱を手掛ける。オペラの国際評価も高く、2015年にシャンゼリゼ劇場、ローザンヌ歌劇場、リール歌劇場の共同委嘱による《ソラリス》を世界初演。20年に自身3作目のオペラ《アルマゲドンの夢》がある。26年2月に《The Great Wave北斎として知られていた芸術家の生涯に基づく全5幕のオペラ》がスコットランドで世界初演予定。23年に4度目となる尾高賞を受賞。近年の活動はリモート演奏のための作品発表や、テレビ番組の作曲依頼等多岐に渡る。録音はソニー・ミュージックジャパンインターナショナルやMinabel Recordsから、楽譜はリコルディ・ベルリンから出版。
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1961年、茨城県生まれ。雑誌や単行本の編集者や音楽ライター、レコード会社でのクラシックやジャズの制作ディレクターを経て現在はフリーランスの音楽制作者/編集者/執筆家。
作曲家・藤倉大とは2014年に『マナヤチャナ(ギタリスト笹久保伸とのコラボレーション)』以来、現在までに10枚以上のアルバムを共同制作。