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TMTギア ―東京芸術劇場クリエイター支援プロジェクト
TMTギア 中間報告会レポート 音楽分野編
東京芸術劇場が実施中のクリエイター育成プロジェクト「TMTギア」。
若手アート・クリエイターのみならず、伴走する映像メディアチーム、インハウス(東京芸術劇場)のプロデューサー、舞台技術スタッフも専門家による指導やOJT(On job training)による育成を目的とした当プロジェクトは、2024年度からスタートし、2026年度の国内公演および、その先の海外公演の実施を目指している。2年目にあたる2025年度の終わりに、音楽分野3クリエイター合同の中間報告会「クリエイション・レポート」が実施された。本稿はその記録になる。
2026年3月4日に開催されたこの報告会は、東京芸術劇場副館長を務める鈴木順子による当プロジェクトの概略説明からスタートした。
中核となるクリエイター/アドバイザーに東京芸術劇場芸術監督の岡田利規と山田和樹がアサインされ、音楽部門における育成対象者は長瀬善則、布施砂丘彦、吉野良祐の3人であることが告げられる。
3人のクリエイターについて、「それぞれ独自の視点と方向性を持って、東京芸術劇場や外部施設を活用して試行錯誤を繰り返しながら、当たり前の演奏会やオペラの形式に疑問を投げかけながら、音楽とは何か、新しい表現方法とはどのようなものかを真摯に追求し続けてきました」という言及がなされ、プロジェクト2年目にあたる2025年度の充実ぶりがその言葉の端々から伺えた。
次に芸術監督にして指揮者の山田和樹による映像メッセージが会場に放映された。主に3人のクリエイターの特徴について、下記の通り簡潔に、そして的確にユーモアをまぶしながら要約しており、後に控える報告にとって最適な助走になっていた。
長瀬善則:プロジェクトの海外研修で、インドネシアのガムランや、インドのコナッコル、ラーガを体験したことを言及。現地の人々との交流を通じたグローバルな経験に期待している。
布施砂丘彦:大風呂敷を広げるタイプではないが(と会場の笑いを誘う)、人々が気づかないものに着目して、それを膨らませてゆく独創性が面白い。
吉野良祐:オペラ演出家として活動を展開しており、今後その領域をさらに拡張し、新たなものを創り上げてくれるのではないか。
山田は最後に、「若い世代が新しい価値観を生み出そうとするとき、世間は抵抗を示すのは世の常だが、時間が経つにつれそれがスタンダードになってくるものである。だから若手クリエイターを見守ってあげてほしい」と締めた。
その後、クリエイター3人の作品内容についてのプレゼンテーションが実施されたのだが、ここではその内容をより詳細かつクリアに記述するため、プレゼンテーション後に各アーティストへ行ったインタビューでの発言から得た情報も加味し、各作品のテーマを軸にまとめる。
長瀬善則
長瀬は20世紀現代音楽の先駆者たちが直面してきた、西洋におけるクラシック音楽の限界に、自身の文脈で向き合った。それは音楽理論によって設定された西洋的なクラシック音楽のシステムからは見えにくかった、音楽の「ゆらぎ」についての話だ。彼自身が「TMTギア」の海外プロジェクトを通して体感した、インドにおけるコナッコルやラーガ、インドネシアはバリ島におけるガムランが持っている、機能和声では測れない音楽の「ゆらぎ」=曖昧さを、あらためてポジティヴな現象として追求するのが、彼の目的だ。その「ゆらぎ」を体感することで長瀬が感じたのは。音楽の「多様性」だった。彼のテーマはその「多様性」である。本来、音楽が孕んでいる「多様性」を追求することで、人間の「多様性」と共振することができ、新たな表現を産み出すことができるというのが彼の意見だ。そして「多様性」がもたらす「ゆらぎ」を捉えるために、我々が生きるうえで目にする「見える世界に対する認知」に、「見えない世界に対する認知」を対置し、量子力学や宇宙素粒子物理学の世界観を作品に導入する。そうすることで、あらゆるボーダーを超える共通言語としての音楽が人間社会の関係性を浮き彫りにし、全体調和を産み出すような音楽劇を、彼は目指している。
布施砂丘彦
コントラバス奏者でもある布施は、インタビューで次のように発言する。「コントラバスは演奏するために大きな動作を必要とする楽器です。わたしの作品のテーマに身体性が重要な役割を果たしているのは、そこに起因する部分が大きいです」。布施の『まがとき実験屋上』は、「TMTギア」のワークインプログレスとして進行中の作品であり、撮影場所は東京芸術劇場の敷地内である。本作について布施は、作品という虚構を通して「日本とは何か」「日本における文化芸術とは何か」ということを問うているものになっていると述べている。そこでは戦後日本における「成熟」の問題とも密接に絡んでいることも付け加えておこう。『まがとき実験屋上』は「音楽作品である」と布施は強調しており、コントラバスのダークなアンビエンスや和太鼓のビートが映像を彩る。このずっしりとした「身体性」を宿すサウンドが本作の大きな特徴である。そして、そこには「身体性」を剝奪されている「幽霊」が現れる。ホラー的な表現形式を通じて、「日本の成熟」と「身体性」を重ね合わせながら、布施は音楽でこの国の歴史を探り当てる。
吉野良祐
オペラ演出家と建築史研究者を行き来する吉野は、その共通点として「空間の構築」を挙げる。特に建築の視点がオペラの現場で役に立つのは、ある物語に沿って動く役者たちの配置や動きを組織する時であると吉野は言う。同時に複数の役者たちが言葉を発し、動きを続けることが少なくないオペラでは、物語がもたらす複雑な関係性の力学から、そういった空間構築の能力が必然的に求められるのだが、建築を学ぶ中で培われた空間に対するロジックや感覚が活きるそうだ。そうしたオペラの中で、最も重要なのは「他者」の存在であると吉野は主張する。西洋という「他者」で発生したオペラという装置を創り上げるために、時には関係者の数が3桁にもなり、歴史も文化的背景も異なる「他者」たちと共同で作業する必要がある。そこで吉野が成立させたい物語は、「他者」を自分の中へ取り込む、食べるという行為についてのものになる。このある種暴力的な営みを通して、声と打楽器のみで身体のリズムを構成し、その向こう側で新たな「他者」と出会うようなオペラを志向している。
報告会終了後の会場は、参加者とクリエイター/関係者間での質疑応答で盛り上がっていた。2026年度の「TMTギア」音楽部門で、長瀬善則の「多様性」、布施砂丘彦の「身体性」、吉野良祐の「他者」が、それぞれひとつの作品として形になることへの期待が、会場に溢れていた。
文・八木皓平