当サイトでは、サイトの利便性向上のため、クッキー(Cookie)を使用しています。サイトのクッキー(Cookie)の使用に関しては、「プライバシーポリシー」をお読みください。
ドラムセットがいた場所 01
ドラムをやめていない二人が、ひとつのドラムを手放した
佐藤哲康さん(東京都世田谷区)の場合
PROJECT JOURNAL
TOKYO CUSTOM DRUM SETをめぐる記録や物語、さまざまな試みを紹介します。
小田急線東北沢駅前にある、広告やブランディングの仕事をする有限会社「スタタン」の事務所、広い部屋の一角にローランドの電子ドラムが一台がきれいに収まっている。大きな窓の向こうには駅が見えた。仕事場にドラムセットがあること自体は、そこまで珍しくないのかもしれない。それでも実際にその場所まで来てしまうと、聞かないわけにはいかなくなる。なぜ、ここにドラムがあるんですか。
「僕のドラムの先生が持っていたものなんです」
スタタン代表でコピーライターの佐藤哲康さんは二年ほど前から、もう一度ドラムを習い始めた。「もう一度」というのは、高校のころにも叩いていたからだ。当時バンドで最初に演奏したのは、ELP(エマーソン・レイク&パーマー)の「タルカス」(1971)だったという。いきなり「タルカス」、速い5拍子である。
「だから、普通に基礎からずっとやって上手くなった、みたいなのがないんですよ」
僕は十代のころ、吹奏楽部で打楽器をやることからドラムを始めたので、メトロノームに合わせて机をひたすら叩き続けたいわゆる「基礎練」の記憶があるのだけれど、佐藤さんはどうやらそのあたりを飛び越えて、いきなり変拍子のほうへ行ってしまったらしい。
その後、ドラムそのものからは長く離れた。ただし、音楽からはまったく離れなかった。
佐藤「去年、ライブ90本くらい行ったんですよ」
アサダ「めちゃくちゃ行ってますね」
佐藤「バカみたいに行ってて。お金がやばい感じで」
スマートフォンを見せてもらうと、音楽と芝居の情報を追うためのアプリがきれいに整理されていた。新宿ピットイン、BODY&SOUL、ブルーノート、下北沢のライブハウス……。演劇も好きで、そちらも定期的に巡回しているという。
通ううちに、佐藤さんはだんだんドラムばかりを聴くようになった。とくに石若駿さん。最初は若いジャズトリオのドラマー、くらいの認識だったのが、何度も演奏を聴くうちにドラムそのものが面白くなってきた。
「いまのジャズって、ドラムを中心に回ってる気がして。ドラムがすごければ、もうすごい、みたいな。ちゃんとしてないと全然面白くないというか。いや、ドラムすごいなと思って」
それで、またやりたくなった。下北沢で習えるところを探して、笹山恵吾さんというドラマーに出会う。笹山さんは大学を卒業後、プロのドラマーとして活動を始めた人で、壁際のこの電子ドラムは、もともと笹山さんのものだった。
半年や一年使った、という話ではない。佐藤さんは僕らが訪ねてくる前に、わざわざ笹山さんにインタビューをしてくれていて、おかげでこの電子ドラムの、さらに前の時間がわかった。
笹山さんがドラムを習い始めたのは小学3年生のころ。意外なことに、最初から好きだったわけではない。
「習い事の一環で、わりと無理やりやらされてたんで」
電子ドラムを買ってもらったのは小学4年生くらいで、自分から欲しいと言ったのかどうかも、はっきり覚えていないという。たぶん、家で練習するならあった方がいいと両親に勧めたのではないか。だから手に入れた瞬間も、「やったー、買ってもらった!」ではなかった。
「普通に、練習しなきゃな、ぐらいの感じでしたね」
それでも小学生から中学生にかけて、笹山さんはこの電子ドラムをずいぶん叩いた。音楽を流しながら叩き、遊びで叩き、家で音を出すためのパッドとして使う。マンション暮らしで生ドラムというわけにはいかなかったから、当時の笹山少年にとって、ここはかなり重要な練習場所だった。
事情が変わるのは中学3年生くらいだ。スタジオへ入って、生のドラムを叩くようになる。
「電子ドラムだけじゃダメだなって気づいたんですよね」
それ以降、電子ドラムはメインの楽器ではなくなり、時間がないときに叩くもの、基礎練習をするものへと、少しずつ位置を移していった。続ければ続けるほど、自分なりの「置き方」もできてくる。シンバルはもう少し遠くに欲しい。タムはここに置きたい。身体の動きに合わせて、自分のドラムセットをつくりたくなる。ところが電子ドラムのフレームには、動かせる範囲に限りがある。
「もっと遠くにしたくてもできないところがあって。自分のセッティングが確立してくると、電子ドラムだとやりにくいなって」
この話が妙に残った。ドラムセットは「セット」と言うくらいだから、最初から完成した一つの楽器のように見える。でも実際には、スネア、タム、バスドラム、シンバルという別々の楽器を、その人の身体の周りに配置してつくる楽器だ。演奏する人の身体が変われば、セットも変わる。上達というのは、その人固有のドラムセットができあがっていくことでもあるのかもしれない。
やがて笹山さんは引っ越しをした。一度ばらした電子ドラムを組み直す。ところが、どうも以前と同じにならない。
「なんか100点じゃないというか、なんかおかしいな、みたいな」
それでも捨てなかった。使わなくなってからも長いあいだ、このドラムは家に残っていた。印象的なやりとりがある。
佐藤「捨てちゃわないで僕に譲ってくれたのは、やっぱり愛着があったからなんじゃないですか?」
笹山「まあまあ、そうですね。捨てるのはなんか、はばかられてたんで」
ちゃんと直せばまだ使える、もったいない。それに、自分が長く使ってきた楽器でもある。ただ笹山さんは、今度は家にアコースティックのドラムセットを置きたかった。電子ドラムの占めている場所が空けば、そこに生ドラムを置ける。それで、誰かもらってくれないかな、という話になった。それを聞いた佐藤さんが「僕、もらえますよ」と言った。
こうして電子ドラムは先生から生徒へ移り、スタタンの事務所にやってきた。ここならいつでも練習できる。佐藤さんはそう思ったし、実際に何度かは叩いた。そしてある日、かなり気分が乗った。
「ダガダガダガってやってたんですよ」
すると下の階から言われた。「何か、トントントントンという音がするんですが……」と。下は塾で、静かに勉強中だった。
電子ドラムは静かだ。ヘッドホンをすれば外にはほとんど音が漏れない。けれども、バスドラムを踏む足の振動までは消えてくれない。床に防振マットも敷いてみたが、やはり難しかった。
「それでもう、ちょっと叩けなくなって」
僕らが訪ねた日、佐藤さんはそのドラムをもう一度鳴らしてくれた。ヘッドホンをつけ、スティックを握り、パッドを叩く。目の前では明らかに人がドラムを演奏しているのに、僕らにはカタカタという小さな打撃音しか聞こえない。僕は少しだけ、下の階で勉強していた人のことを想像した。トントントントン。音楽そのものは聞こえない。でも、誰かがその上で何かに夢中になっていることだけは、床を通じて伝わってくる。そういう電子ドラムだった。
結局いま、佐藤さんは生ドラムを叩くために近所のスタジオへ通っている。事務所に電子ドラムがあるのに、生ドラムを叩くために外へ出かける。なんだかちょっと面白い。そんなタイミングで、「東京カスタムドラムセット」の募集を見つけた。使わなくなったドラムセットを譲ってください。
「ちょうど、これがあるなと思って」
ただ、すぐに決めたわけではない。
半年ほど前に先生から譲ってもらったばかりで、しかも先生自身が小学生のころから使ってきたものだ。けれども、自分のところではほとんど叩けない。それなら、使われる場所へ送ったほうがいい。このドラムは、二度目の譲渡を経験することになった。
笹山さんへのインタビューの最後に、佐藤さんはこんな質問もしていた。もし、この電子ドラムを使っていた小学4年生の自分に、いま何か声をかけるとしたら? 笹山さんは少し考えて、「同じようにやれ、って言うんじゃないですか」と答えている。もっと基礎練習をしろ、でもない。こう叩けばうまくなる、でもない。
「別に、もっとこういう練習をしろとかは言わないと思います。正しい道を歩んできた気がします」
これからこのドラムを使う人へ何か言うなら、という質問には、「大切に使ってくれたら」。それだけだった。
佐藤さんにも、このドラムが今後どう使われたらうれしいか聞いてみた。子どもや障害のある人が、まず叩いてみるところから入れる楽器になればいい、という。
「ポンポンって音がする、リズムの楽しさみたいなところの入り口に、この子もなってくれたら」。
この子。
笹山さんの家に長くいて、佐藤さんの事務所には半年ほどいた電子ドラムを、佐藤さんはそう呼んだ。
取材が終わり、確認書に名前を書いてもらって、僕と三谷さん(東京芸術劇場スタッフ)とで電子ドラムを運び出すことにした。完全に分解するより、フレームを少し畳んでそのまま持っていったほうが早そうだ。二人で持ち上げ、事務所のドアを出る。階段は思っていたより狭い。シンバルのパッドやコードを壁にぶつけないように、一段ずつ下ろす。上から支える人がいて、下から受ける人がいる。さっきまで壁際にきちんと収まっていたものが、急にずいぶん大きな物体に見えた。
外に出ると、ドラムセットが歩道に立っていた。仕事場の家具のようでもあったものが、路上へ出た瞬間に楽器へ戻ったようにも見える。それを車まで運び、先に別の場所から引き取ってきた大きな太鼓やケースの隙間に収めた。
笹山さんから佐藤さんへ。佐藤さんの事務所から、僕らの車へ。この先は東京芸術劇場へ行く。ただ、そのあとどんな形になるのかは、まだ決まっていない。「東京カスタムドラムセット」では、もとのセットをそのまま再現するとは限らない。タムだけ離れた場所に置かれるかもしれないし、シンバルはずっと遠くへ行くかもしれない。誰かの身体に合わせて、高さも距離も変わるだろう。笹山さんが成長して、この電子ドラムに「もっと遠くに置きたいのに」と感じたように、楽器と身体の関係に、たぶん最初から一つの正解はない。
車の荷室には、もうきれいな「セット」ではなくなったドラムが積まれていた。
文:アサダワタル
写真:中澤祐介
写真:中澤祐介
※ドラムセットは監修者へ譲渡されたものであり、本プロジェクトでのみ活用されます。