当サイトでは、サイトの利便性向上のため、クッキー(Cookie)を使用しています。サイトのクッキー(Cookie)の使用に関しては、「プライバシーポリシー」をお読みください。
ドラムセットがいた場所 04
この子も、ついに池袋の子になる
夏目恵介さん・はるなさん(埼玉県飯能市・静岡県浜松市)の場合
PROJECT JOURNAL
TOKYO CUSTOM DRUM SETをめぐる記録や物語、さまざまな試みを紹介します。
夏目はるなさんから、ある朝メールが届いた。
「コンパクトなミニドラムセットが浜松の自宅にあるんですが、東京都内ではないので相談です」と。そのあとに、少し込み入った事情が書かれていた。春から娘さんが東京都内の高校へ通うことになり、埼玉県飯能市にある祖母の家、つまりはるなさんのご実家で暮らす。明日、浜松から飯能まで車で行く予定だから、募集条件にぎりぎり合うなら、ドラムセットも持って行きますよ、と。ちなみに持ち主は夫の恵介さんとのこと。彼が社会人になってから始めたバンドのための個人練習目的で使っていたものだそうだ。という複雑(!?)な背景を咀嚼しつつ、池袋から飯能は行けるだろう!と、僕らは埼玉県飯能市までドラムセットを受け取りに行くことになった。
家に着くと、雪が少し残っていた。はるなさんの実家は、木をふんだんに使った大きな家だった。ご両親はともに音楽の先生だったという。奥の部屋へ案内されると、グランドピアノが二台ある。「グランドピアノ二台って、どういうこと?」と、僕は思わず声に出した。
その部屋の一角に、本日の主役である小さなクリーム色のドラムセットがあった。Pearlのコンパクトなセットで、バスドラムもタムも普通のドラムよりひと回り小さい。丸い太鼓がいくつも寄り集まって、脚をちょこんと伸ばしている。
「かわいい、このドラムセット」と、僕が呟くと、
「ちゃんとセットしたほうがよかった」と恵介さん。
いや、むしろこの少し所在なさそうな状態がよかった。
寒い部屋だったので、僕らはドラムを持ち上げて、暖かいリビングへ移すことにした。ドラムを譲ってもらうために訪ねた家で、まずドラムを別の部屋へ引っ越しさせる。そうやって取材が始まった。
恵介さんがこのセットを買ったのは、十五年ほど前だ。大学時代には和太鼓をやっていて、その後、サークルの流れでラテンジャズやサルサのバンドに入り、コンガを叩くようになった。
「その流れで、もうちょっとやれたらいいなと思って。自宅でちょっと練習したいなっていうので買ったんです」
家で練習するなら電子ドラムという選択肢もある。それでも恵介さんは、生の小さなドラムセットを選んだ。理由は後で聞くことになる。買ってしばらくすると、バンドのメンバーが結婚したり、子どもが生まれたりして、活動は続かなくなった。すると、このドラムセットには別の仕事が回ってきた。子どものおもちゃである。
「もうバシバシ……」
小さな子どもにとって、目の前に叩いてもいい太鼓があれば、叩かない理由はほとんどない。家の子どもだけではなく、友達が遊びに来ればまた叩く。
「小学生の頃は、すごい子どもたちが来て触ったりしたけど、中学校、高校、大学になってくると、子どもたちも触らないから」とはるなさん。やがてドラムは、部屋の片隅にあるものになった。「掃除の時に、それもホコリ取ってよ、みたいな」。家族のなかで特別な愛称があったわけでもない。「なんて呼ばれてたんですか?」と聞くと、はるなさんは「誰もあんまり……」と少し考えてから、「愛されてないもんね」と言った。その言い方がおかしくて、みんなで笑った。
愛されていない。ただし、十五年くらい捨てられずにいる。しかも子どもたちにはかなり叩かれている。大切に扱われてはいないけれど、使われてはいる。そういう楽器の在り方もあるだろう。実際、シンバルはかなり波打っていた。ハイハットを閉じても、二枚がきれいには重ならない。恵介さん曰く、
「本当はちゃんと合わさってチッチッと言わなきゃいけないんですが、子どもらにひたすら叩かれて、その形状になっちゃいましたね」
新品の楽器として考えたら歪みはマイナスだ。でもこのドラムの場合、十五年間の家族の使い方が、そのまま形になったようにも見えた(もちろん家族の形が歪んでるという意味ではない、念のため!)。
僕らがちゃんとセットを組み直すと、はるなさんが「今日はちょっと喜んでるかもしれない」と言った。たしかに、久しぶりに楽器として扱われている。僕も少し叩させてもらった。この家なら、そこそこ大きな音を出しても大丈夫らしい。小さなドラムでも、生である以上、音は大きい。
恵介さんが電子ドラムではなくこのセットを選んだ理由は、まさにそこにあった。
「やっぱ、叩いたら音が鳴るって、すごいいいなと思って。単純に」
電子ドラムならヘッドホンをつけて練習できる。でも、そのものとしてはプラスチックの板だ。生の太鼓は、叩けばそのまま空気が鳴る。叩く場所でも、力でも、音が変わる。
「それこそ、思いっきり何かを叩いていいっていう。それだけで、叩いたら音が出る。本当、単純だけど、その単純な経験って結構いいなって思うんですよ」
言われてみれば、日常生活のなかで思いっきり叩いていいものは、そんなに多くない。机を叩けば怒られるし、壁を叩けばもっと怒られる。人はもちろん叩いてはいけない! でも太鼓は……、叩くために置かれている。
恵介さんは東京学芸大学で和太鼓をやっていた頃、「一撃の一回叩くだけで、どう音を鳴らすか」ということをずっと考えていたという。和太鼓、コンガ、ドラムセット。振り返ってみると、恵介さんがやってきた楽器は、ずっと「叩くもの」だった。ただ、いまは音楽活動をほとんどしていない。では何をしているのか。ここから取材は、なぜかカメの話になった。
恵介さんは現在、浜松で自然保護に関わる活動をしている。佐鳴湖という地元の湖で外来種のミシシッピアカミミガメを捕獲する活動を十年ほど続けていて、これまでに千五百匹ほど捕まえてきたという。捕獲したカメは駆除する。ただしアカミミガメは、何か悪いことをしようとして生きているわけではない。人間が連れてきた場所で、普通に生きているだけだ。だから、せめて何か別の使い道はないか。肉を料理して食べることもある。そして、甲羅。肉をきれいに取り除き、洗って乾燥させると、なんと楽器になるらしい。
「え、やっぱり打楽器だ!」と思わず言ってしまった。
恵介さんがスマートフォンで動画を見せてくれた。乾いた甲羅を叩くと、コン、カン、と、それぞれ少しずつ違う高さの音がする。マヤ文明などでカメの甲羅を打楽器として使っていた例があり、浜松の楽器博物館でそれを見て「これ、作れるんじゃない?」と思ったのが始まりだという。しかも一個ではない。甲羅は一つずつ音が違うので、たくさん作って、叩いて、そのなかから音を選ぶ。プロのパーカッショニストがコンサートで使うために買ってくれたこともあるらしい。
十五年前にドラムセットを買った人が、いまはカメの甲羅を打楽器にしている。音楽をやめた、と本人は言う。でも「叩く」ということだけは、妙なところに残っていた。ドラムをもらいに来ただけなのに、気づけばカメの甲羅の話をずいぶん長くしていた(余談だが、アサダはミシシッピニオイガメを二匹飼っている)。「なぜかカメの話までインタビューされてる!」とはるなさんが笑う。こういう取材自体が、セッションみたいなものだ。
今回このドラムセットが家を出ることになったのには、もう一つ、家族の時間が関係している。夏目家の子どもたちが、それぞれ家を離れるタイミングだった。春から娘さんは、飯能の祖母の家に住みながら東京の高校へ通う。はるなさんは、せっかく東京へ行くのなら舞台や芸術にもたくさん触れてほしいと思っていて、東京で子ども向けの文化事業なども時々調べている。その流れでTOKYO CUSTOM DRUM SETの募集を見つけた。それで以前から知り合いだったアサダに直接メールをくれたのだった。
「自分ちの楽器が劇場にあったら、なんか行くきっかけになるかなって」
東京芸術劇場、池袋。娘さんにとっては、これから少しずつ身近になるかもしれない場所である。そこへ、自分の家にあったドラムも行く。
「ひょっとして、『あれ、うちの子じゃない?』みたいになるかも」と僕が言うと、「うちのドラム、見つけやすいかもしれない」とはるなさん。たしかに、この小さなクリーム色のセットは目立つ。ご家族がそれぞれ関東に出てくるタイミングで、この子もついに池袋の子になる。僕はそう言った。
もともと浜松にいたドラムである。募集条件からすると、かなり遠い。でも、娘さんが飯能へ移るのでドラムも一緒に車に乗せられ、そこで僕らに引き渡され、そのまま東京芸術劇場へ向かう。浜松→飯能→池袋。人の移動についてきた楽器が、途中で別の行き先をもらった。
取材を終えて、ドラムをばらしていく。小さいとはいえ、ドラムセットである。スタンドを外し、シンバルを抜き、タムを外す。「ドラム、一番大変ですね」とはるなさん。ライブ会場でもバラバラにして運んで、また組み立てますからね、と話しながら車へ運ぶ。ただ今回は、もう同じ形には組み立てないかもしれない。小さなバスドラムだけ使われるかもしれないし、波打ったシンバルだけが別の場所へ行くかもしれない。誰かが思い切り叩くものになるかもしれないし、誰かと話しながら、なんとなくポンポン鳴らすものになるかもしれない。
車の荷室に、白いタムが並んだ。その少し前まで、このドラムは浜松の家の片隅にいた。この日だけ飯能の木の家で、久しぶりにちゃんと「セット」になり、そしてまた、ばらばらになった。次に組まれるときには、もう夏目家のドラムセットではないのかもしれない。でも、子どもたちに散々叩かれて波打ったシンバルも、恵介さんが昔、自宅で練習するために選んだ小さな太鼓も、そのまま池袋へ行く。
叩けば、音が鳴る。それは変わらない。
文:アサダワタル
写真:加藤甫
写真:加藤甫
※ドラムセットは監修者へ譲渡されたものであり、本プロジェクトでのみ活用されます。