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ドラムセットがいた場所 03

玄関で、昔のドラムの話をする

山田さん宅(埼玉県所沢市)の場合

PROJECT JOURNAL
TOKYO CUSTOM DRUM SETをめぐる記録や物語、さまざまな試みを紹介します。
ドラムセットがいた場所 03

埼玉県所沢市の山田さん宅を訪ねると、玄関に、大きなビニール袋に包まれた太鼓がいくつも並んでいた。ドラムセットを譲っていただくためである。自分たちで募集しておいてなんだが、人の家の玄関でドラムセットを受け取るというのは、なかなか不思議な光景だ。
袋を開けていくと、黒い胴のタムやスネア、金属製のスタンドやパーツが次々に出てきた。シンバルなど一部はすでになくなっていたけれど、何十年も前に使われていたドラムが、ちゃんとそこに残っている。

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このドラムを使っていたのは、山田さんのお子さんだという。若い頃、アルバイトをして自分で買ったものだった。当時住んでいた家の部屋はそれほど広くなく、「どこで寝るの?」と思うほど、部屋いっぱいにドラムセットが置かれていたそうだ。土日になると、そこで練習していた。防音室があったわけではない。
「とにかくすごい音で」
とお母様は笑う。好きだったのはストレイ・キャッツのようなロカビリーで、リーゼントにしてバンドを組み、ライブもしていた。お母様も何度か、そのライブを観に行ったことがあるという。
けれど、いつしか叩くことはなくなった。セットは長いあいだ、ご実家に置かれたままになる。家族から「なんとかして」と言われても、持ち主本人はなかなかはっきり処分するとは言わなかったそうだ。自分の子どもたち、つまりお母様からすると孫たちが、いつか使うかもしれない。そんな気持ちも、どこかにあったのかもしれない。ところがその息子さんたちはどちらかといえば体育会系で、ドラムを始める気配はなかった。
そんなとき、山田さんが駅へ向かう途中で見かけたのが、TOKYO CUSTOM DRUM SETのドラム募集のポスターだった。
僕らが探しているのは、必ずしも新品同様の、すべてのパーツが揃ったドラムではない。一台の完成されたセットをそのまま使うのではなく、いったんばらばらにして、参加する人の身体や動きに合わせて組み替えていく。車椅子に乗った人なら、その高さから叩きやすい場所に太鼓を置く。立って叩く人がいれば、また別の配置になる。ひとりで演奏するとは限らないし、そもそも通常の「ドラムセット」の形をしている必要もない。だから、シンバルがないことも、いくつかパーツが欠けていることも、それほど問題ではなかった。
むしろ玄関で一つずつ中身を確かめながら、「これ、何のパーツでしょうね」「タムが四つあるんですね」などと話していると、すでに少しずつカスタムは始まっているようにも思えてくる。
持ち主にとっては、ずっと手放せなかったドラム。家族にとっては、長いあいだ家に置かれていた大きな荷物。僕らにとっては、これから見知らぬ誰かが叩くことになる楽器。同じものが、立つ場所によってこれだけ違って見える。
太鼓をひとつずつ運び出した。家の中から玄関へ、玄関から道路へ、そして車へ。何十年も家の中にあったものが、少しずつ外へ出ていく。

ドラムセットがいた場所 03 画像3

「形はちょっとずつ変わるかもしれません。でも、いろんな方に使ってもらえるように、大事に使います」
そうお伝えした。この先、このドラムが昔と同じセットの姿に戻るとは限らない。ひとつのタムだけが誰かの前に置かれるかもしれないし、別の家からやってきたシンバルと組み合わされるかもしれない。知らない人同士が、一つの太鼓を挟んで向かい合うこともあるだろう。そのとき、かつて狭い部屋いっぱいにドラムを並べ、土日に大きな音を出していた誰かの時間も、ほんの少しだけそこに混ざっている。
この日、僕らは山田さん宅から、古いドラムセットを受け取った。そして、それが置かれていた家の玄関の風景も、いっしょに持ち帰った。

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文:アサダワタル
写真:加藤甫
※ドラムセットは監修者へ譲渡されたものであり、本プロジェクトでのみ活用されます。
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