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TMTギア ―東京芸術劇場クリエイター支援プロジェクト
TMTギア 中間報告会レポート 山崎阿弥オープン・ラボ編
東京芸術劇場が進行しているクリエイター育成プロジェクト「TMTギア」のパフォーミング・アーツ分野で、育成対象のアートクリエイターとして選出された山崎阿弥によるオープン・ラボが2026年3月11日(水)、12日(木)の2日間にわたり実施された。オープン・ラボは2段構成となっており、第一部では山崎阿弥が自身の作品をプレゼンテーションし、第二部ではオーディエンスの感想に対し山崎が応答する内容となっていた。ここで記載するのは、主に前者の内容であり、後者のディスカッションについては、やりとりの概略に留める。
第一部、山崎が会場に現れ、自己紹介しながら作品について、身振り手振りを交えながら、パフォーマティヴに話し始める。
宇宙論をテーマに新しいパフォーミング・アーツを制作中であること。
3年弱の時間をかけて素粒子物理学者や天文学者と対話を続けていること。
その過程で宇宙の根源、「私」はどのように生じるのか、といった問いに光があたることがそこで語られてゆく。
彼女がサイエンティストとコミュニケーションを取ることで学んだ宇宙の発生についての情報は、粒子と場の相互関係性についてまで話が及び、そこから「私」と宇宙の類似性に手を伸ばす。
その粒子が「私」を浮かび上がらせるプロセスを語る最中で、粒子が空間内で弾けるように、電子音(変性された声?)が室内を満たす。
そして、突然室内のライトが消え、視覚が奪われる。
続いて、宇宙の晴れ上がりから始まる相互作用についての説明が始まるのだが、そのタイミングで、楕円状の宇宙マイクロ波背景放射の地図が壁に放たれ、その光の中で山崎は説明を続ける。ここからプロジェクションが山崎の声と拮抗しながら、様々なバリエーションで使用されることになる。宇宙マイクロ波背景放射のイメージが壁全体に広がり、量子ゆらぎの話題に移った瞬間に、真っ赤な点が壁いっぱいに照らし出され、プランク期の宇宙を演出する。そこでは極小宇宙における粒子/反粒子、ダークマター、インフレーション、核融合、超新星爆発の話が次々に打ちあがる。そして山崎は、そのプランク期における、「私」という存在が確定される前の宇宙を訪ねようと提案し、「私」を確定する要素のいくつかを遮断するために、目を閉じるようオーディエンスに促す。その瞬間、一瞬ライティングが消え、強烈な光量で点滅するライティングとノイジーなサウンドが空間を満たしてゆき、その中でオーディエンスは自身のまぶたに映る光と向き合うことになる。その後、ライトが消え、目を開けるようアナウンスがある。豆電球のようなオレンジのライトが点き、山崎が、宇宙と「私」を確定させ続ける相互作用について話を続ける。そこから、サハラ砂漠での体験を踏まえて、宇宙マイクロ波背景放射の話題を経由しながら、自身の声や身体と再度向き合い、「私」の存在のやるせなさに思いを馳せる。そしてライトが消え、声のパフォーマンスを挟み、プレゼンテーションを終える。
第二部のユニークな点は、オーディエンスの感想に対する山崎のリアクションが、感想をトリガーにして山崎が自身の思考をオープンにするという内容であり、ロジカルなものから感覚的なものまで様々だった。オーディエンスの「知的興奮をおぼえるプレゼンテーションであり、身体が火照るような感覚があった」という感想に対し、「思考は脳の感覚能力であり、感性である」と山崎が答え、「展示と違って時間が発生するから観客との相互関係をどうコントロールするか」という問いに、「パフォーミング・アーツであれば、最終的には観客と共犯関係になれるのではないか。パフォーマンスの内容を彼らにとっての自分事にしたい」と返した。なかでもSF作家との自由意志を巡るディスカッションはとりわけ印象深かった。パフォーマンスについての具体的な質問もあったので、山崎の返答のみ記載する。「最終的に60~90分になる予定」「パフォーマンスではプランク期の宇宙で瞬間的に起こっている事象について表現した。粒子を音、エネルギーを光として表象し、空間的&時間的にブレイクダウンし、4つのフェーズに分けた」など。第二部の最初に、「先日観客に感想を訊いたときは、後半がしりすぼみ、という意見もあったので、好きなことを話してもらってかまわない」と山崎が言ったこともあってか、非常にオープンマインドで率直なやりとりだったのが印象的だった。全体の行程が終了したのちに、芸術監督の岡田利規によるアドバイスもあり、そこでもさらに踏み込んだやりとりがなされていた。山崎のパフォーマンスの内容はさらに変更が加えられることが予想されるが、その思索的でありつつもユーモラスで、かつダイナミックなパフォーマンスが、最終形に至るまでのプロセスがまったく見えないことが、かえって本作のコンセプトのポテンシャルを示しているように感じる。
文:八木皓平
撮影:永田風薫
撮影:永田風薫