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ドラムセットがいた場所 02

「すうまみ」って、なんですか?

渡部和哉さん(東京都調布市)の場合

PROJECT JOURNAL
TOKYO CUSTOM DRUM SETをめぐる記録や物語、さまざまな試みを紹介します。
ドラムセットがいた場所 02

「何の思い入れもなくて、すみません」

調布市文化会館たづくりの荷解室で、渡部和哉さんはそう言った。渡部さんは公益財団法人調布市文化・コミュニティ振興財団の職員である。その前には、黒いドラムセットがいくつかの台車に分けて載せられていた。大きなバスドラム、タム、スネア、金属製のスタンドやペダル。その横には、これまた大きなFenderのベースアンプまである。背後にはモップ、段ボール、籠、ビニール袋に入った大量の資材。楽屋でも練習室でも舞台でもない、荷解室である。

「思い入れがないなりの話を聞かせていただけたら」

そう言いながら、僕は録音を始めた。

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このドラムセットは、もともとたづくりに置かれていたものではない。財団はいま、文化会館たづくり、調布市グリーンホール、せんがわ劇場の三館を管理している。このドラムセットがあったのはせんがわ劇場で、しかも渡部さんたちが管理を始めるより、さらに前のことだった。

「せんがわ劇場がオープンした時にあったようで。その頃は直営時代だったんです。市役所が直接管理・運営していて、我々はその後から管理をしているので、その時の遺産ということになるでしょうか」

遺産。なかなか大きな言葉である。
けれど、この遺産について知っている人は、ほとんどいない。おそらく劇場が開館した頃に、設備や機材として購入されたものなのだろう。誰かが寄贈したわけではないらしい。ただ、いつ買われ、誰が、何のために、どのくらい叩いたのかとなると、もうよく分からない。

アサダ「管理を引き継いでから、何度か使ったりはしたんですか?」

渡部「倉庫から出てきた、という感じです」

アサダ「ってことは……、ずっと倉庫にあった?」

渡部「そういうことになります」

少なくとも、いまここにいる人たちが知っている時間のなかでは、ほとんど叩かれていない。それどころか、「備品の登録からも下ろされていて」という。

「そうなんだ。備品ですらないんだ……。」

僕はそう口にしてから、その状態を少し想像した。
文化施設にはたくさんの物がある。椅子、譜面台、ケーブル、マイクスタンド、音響機材、舞台道具。いつも使う物もあれば、いつの間にか使わなくなる物もある。誰かが「これはもういらない」とはっきり宣言したわけではないし、壊れて捨てられたわけでもない。けれど、出番はない。そういう物がいつしか台帳から消えて、それでも物体だけは残っている。このドラムセットも、そういうものだった。

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今回の「東京カスタムドラムセット」の募集を見て、どうしてこのドラムのことをすぐ思い出したのか聞いてみた。

「“あるなあ”みたいな感じで」

渡部さんはそう一言。ただそこにずっとあった。
せんがわ劇場は、事務所スペースも含めて、あまり場所に余裕がないらしい。

「だからずっと、うとましく思われてたのかな」

「かわいそうな子たちですね」と僕が言うと、渡部さんは「日の目をぜひ浴びさせてあげてください」と答えた。思い入れはない。でも、日の目は浴びてほしい。そのくらいの距離が、なんだかとても面白いなと思った。

僕と三谷さん(東京芸術劇場スタッフ)は、ドラムセットの周りをうろうろしながら、何が揃っていて何が足りないのかを確認し始めた。黒いバスドラム、フロアタム、タム、スネア、スタンド類。そして、シンバルが一枚。正確には、Zildjianの「BOTTOM NEW BEAT HI HAT」と書かれた、ハイハットの下側だけが残っていた。

ハイハットは通常、二枚のシンバルを上下に重ねて、ペダルで開閉しながら鳴らす。そのうちのボトム、つまり下側だけがある。

「ちなみにシンバルが一枚だけあるっていうのは、謎ですよね……」

上側のトップはどこへ行ったのか。クラッシュやライドは? この規模のドラムセットなら、もともとはもう何枚かシンバルがあったはずだ。スタンドらしき金具はある。でも、肝心の途中のパーツがない。なんでまたボトムだけあるんだろう、と言い合ってみたが、もはや誰にも分からない。

そのボトムのシンバルをひっくり返したとき、さらに妙なものを見つけた。
裏側に油性ペンで、「すうまみ」と書いてある。

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「すうまみ?」

僕らは何度か声に出して読んだ。すうまみ。人の名前なのか、グループの名前なのか、バンド名なのか。四つの言葉の頭文字なのか。「スーパーマミー」みたいな何かの略だったりするのか。そもそも、なぜ公共施設の備品だったはずのシンバルに、こんな四文字が油性ペンで書かれているのか。

分からない。でも、誰かが書いたことだけは確かだ。

さっきまで僕らは、このドラムセットは開館当初に少し使われただけで、その後ずっと倉庫に眠っていたのではないか、と話していた。けれど、ここには明らかに誰かの手が入っている。「すうまみ」と書いた人がいる。その人はこのシンバルを使ったのだろうか。自分のものと区別するために名前を書いたのか。何かの公演名だったのか。意味を知っている人は、いまここにはいない。

インタビューをするはずだったのに、いつの間にか僕と三谷さんは、残された物から昔の出来事を推理する人になっていた。ハイハットのトップはどこへ行ったのか。ほかのシンバルはどこへ行ったのか。なぜボトムだけ残っているのか。「すうまみ」とは一体何者なのか……。

ドラムセットの横には、Fenderの大きなベースアンプもあった。こちらも、なぜドラムと一緒にひとかたまりになっていたのかは、はっきりしない。劇場ができた当初、地域の吹奏楽や演奏会でドラムとエレキベースを一緒に使うことを想定して揃えたのではないか。そんな推測はしてみたが、証拠はない。当時の記録写真でも残っていれば、これらの機材が実際に使われている場面が見つかるかもしれない。でも、いま目の前にあるのは、黒いドラムとFenderのアンプと、部品の足りないスタンドと、「すうまみ」と書かれた一枚のシンバルだけだ。

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記録がないから、物から考えるしかない。傷を見る。叩かれた跡を見る。なくなった部品を見る。意味の分からない四文字を見る! そこから、ここに「あったのかもしれない時間」を勝手に想像する。

ドラムセットという楽器は、そもそも複数の楽器の寄せ集めである。スネア、タム、バスドラム、シンバル。それぞれ別々の物を、一人の演奏者の身体の周りに配置して、ひとつの「セット」にする。けれど、目の前にあるこれは、さらに寄せ集めだった。揃っていたはずのセットから何かが抜け、別の機材が混ざり、用途の分からない金具が残り、いつの間にか備品ですらなくなっている。

そう考えると、「東京カスタムドラムセット」というプロジェクトには、むしろずいぶん向いているようにも思えてきた。僕らは譲ってもらったドラムを、必ずしも元のセットの形に戻して使うわけではない。別の家からやってきたタムと組み合わせるかもしれないし、シンバルだけ遠く離れた場所に置くかもしれない。演奏する人の身体に合わせて高さも距離も変えるし、ときには、そもそも「ドラムセット」と呼ばれてきた形そのものを崩す。

そのことを渡部さんに説明して、「いろんな方からいただいたドラムと混ぜたり、バラバラに使ったりしても大丈夫ですか」と聞いた。「もちろん問題ない」という。

考えてみれば、このドラムセットはすでに一度、ずいぶん長い時間をかけてバラバラになっていたのだ。誰かが意図的にカスタムしたわけではない。人が変わり、運営者が変わり、使われなくなり、倉庫に入り、部品がどこかへ行った。いわば、時間がカスタムしたドラムセットだった。

最後に、少し難しい質問をした。冒頭で「何の思い入れもない」と言っていた、このドラムセットに、旅立つにあたって何か言葉をかけるとしたら? あるいは、これからどんなふうに使われてほしいか。渡部さんは少し考えて答えた。

「市の予算で購入されたものかと思います。改めてそれが芸劇さんの社会共生事業でお使いになるというふうに聞いていますので、より良い社会のために、使って喜んでくれる人たちがいるのであればいいなと思います」

誰か一人の思い出が詰まった楽器ではない。誰が買って、誰が叩いたのかさえ、よく分からない。けれど、誰のものでもなかったわけではない。市民のお金で買われ、公共施設に置かれ、誰かが使い、いつしか役割を失った物だった。その途中には、「すうまみ」と書いた人もいる。

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取材を終えて、僕らはドラムを台車に積み直した。大きな黒いバスドラム、その上にタム。別の台車にはFenderのアンプ。ケースやスタンドや金具も運ぶ。荷解室から駐車場へ出て、車の後部ドアを開ける。昨日まで、というより、おそらく何年ものあいだ倉庫の片隅にいたドラムセットが、施設の外へ出ていく。

誰が最後に叩いたのかは分からない。「すうまみ」の意味も分からない。次に誰が叩くのかも、まだ分からない。車の荷室には、黒い太鼓がばらばらに積まれていった。かつて「セット」だった頃の正しい形を知っている人は、もうここにはいない。

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文:アサダワタル
写真:中澤祐介
※ドラムセットは監修者へ譲渡されたものであり、本プロジェクトでのみ活用されます。
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