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ドラムセットがいた場所 05

生の音が好きな人の、電子ドラム

鈴木由紀子さん・凱士さん(横浜市港北区)の場合

PROJECT JOURNAL
TOKYO CUSTOM DRUM SETをめぐる記録や物語、さまざまな試みを紹介します。
ドラムセットがいた場所 05

新横浜駅から徒歩圏にあるマンションを訪ねると、電子ドラムはもうきれいに片づけられていた。黒いケースやスーツケースのなかに、パッドやスタンド、ケーブルが隙間なく収まっている。ドラムセットというより、すでに「荷物」だった。
「すごい。ジャストフィットだ」
僕らはケースを開けながら感心した。これを組み上げればRolandの電子ドラムになる。けれどこの家では、もうしばらくのあいだ、ドラムセットの形では置かれていなかった。このドラムを使っていたのは、鈴木由紀子さんの息子、凱士(カイト)さんだ。僕は以前、横浜で開かれたイベントで、凱士さんが踊るところを見たことがある。ダンスを始めたのは五歳の頃だというから、もう二十年ほどになる。
けれど、今回の話の始まりはダンスではなく、和太鼓だった。
凱士さんは学校で、小学部の頃から音楽に触れ、中学部、高等部へ進むなかで和太鼓を経験した。学校には小学部から専攻科まであり、年上の先輩たちが演奏する姿を、小さい頃からずっと見ることができた。

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「先輩がやっているのを見て、次は自分たちがこういうふうにやるんだって、何となく学んでいく感じでした」と由紀子さん。
中学部になると、やりたい人が和太鼓に参加する。高等部では朝練まであった。住宅地なので音の問題もあり、太鼓にかぶせるミュートのようなものを、親たちが布で手作りしたこともあったらしい。そうやって長く和太鼓を叩いた。だから凱士さんにとっては、「ドラムが好き」というより「太鼓が好き」なのだと由紀子さんは言う。
その後、凱士さんはドラムを習い始めた。しかも、由紀子さんも一緒に。障害のある人たちが中心になって通うその教室では、親は見学しているだけ、という形ではなく、やりたければ一緒に参加する。
「お母さんたちがこうやって見ているだけっていうのが多いじゃないですか。それはちょっと違うかなって。一緒に楽しめればいいんじゃない、って」
発表会はライブハウスで行われるのだが、そのやり方がなかなか面白かった。先生はもともとドラマーなのに、ライブでは自分がドラムを叩かず、ギターを弾いたり歌ったりする。そして一曲ごとに、ドラムを叩く人が入れ替わっていく。二十組ほど出演することもあり、先生は二十曲近く歌い続け、その後ろでドラマーだけが次々交代する。
「先生が一番大変ですね」
と思わず呟く。
凱士さんが好むのは、どちらかというとロック寄りの曲だ。忌野清志郎やRCサクセションのような曲。「ストレス発散系なんですよ」と由紀子さんは笑った。細かくリズムを刻むというより、とにかく大きな音を出して叩く。周りがそれに合わせてくれる。その話を聞いていて、僕は少し面白くなった。普通、楽器を習うときには、演奏する人の方が曲に合わせる。テンポを覚えて、譜面を追って、周囲とズレないようにする。けれど凱士さんの場合は、まず凱士さんが叩いて、周りが合わせていく。音楽の側が人に寄っていく。そんな演奏の仕方もある。

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では、この電子ドラムはどうして家に来たのだろう。僕はてっきり、凱士さんが家でも練習できるように買ったものだと思っていた。すると由紀子さんが「いや、実はいただいたんですよ」と言う。職場で、息子と一緒にドラムを始めた、と話した。すると同僚の男性が「じゃあドラム、あげようか?」と言ったのだという。そんな会話、あるんだ。僕は思わず笑った。その人がドラムをやっていることさえ、由紀子さんは知らなかった。ちょうど新しいものに買い替えようとしていたらしい。こうして電子ドラムは鈴木家へやってきた。誰かが使っていたものが、たまたま「ドラムを始めた人」の話を聞いて、別の家へ移動する。
今回、東京カスタムドラムセットで譲ってもらった電子ドラムには、似たようなものがもう一台ある。佐藤哲康さん(東京都世田谷区)から譲ってもらった一台も、もともとは佐藤さんのドラムの先生が使っていたものだった。電子ドラムって、けっこう人から人へ回っているのかもしれない。生のドラムセットより小さくできて、分解できて、運びやすい。そして、新しいものに買い替えることもある。そういう楽器だからなのだろうか。

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鈴木家にやってきた電子ドラムも、家での練習用になるはずだった。ところが凱士さんは、あまり叩かなかった。
「そんな真面目に練習しないんですよ」
発表会の前になると少しやる。先生のところへ行けば、生のドラムは叩く。でも、家の電子ドラムにはそれほど向かわない。なぜだろう。由紀子さんの話を聞いていると、少しずつ理由が分かってきた。凱士さんは、和太鼓から始めた人である。大きな太鼓を叩けば、身体に振動が来る。そこから生のドラムセットへ行って、そのあとに電子ドラムが家に来た。和太鼓、生ドラム、電子ドラムという順番だ。電子ドラムは音源につなぎ、ヘッドホンやスピーカーから音を出す。凱士さんは、イヤホンやヘッドホンで耳へ直接音が入ってくることも、あまり得意ではないらしい。一方で、本人が叩く音そのものは大きい。「すごい大きな音、出すんですよ」。
和太鼓をやって、生ドラムを叩いて、それから電子ドラムという順番だと、身体にグッと来る感じがどんどん減っていくんでしょうね。僕がそう言うと、「それは大きいかもしれないです」と由紀子さんは答えた。
凱士さんが欲しいのは、単に「ドラムの音」ではないのかもしれない。叩いた瞬間にバンと空気が動いて、身体へ返ってくる。自分が叩いたことが、そのまま身体でも分かる。和太鼓から始まった人にとって、電子ドラムは少し静かすぎたのだと思う。
そう考えると、この電子ドラムがあまり叩かれなかったことも、単なる練習嫌いとは違って見えてくる。楽器には、その人の身体に合うものと合わないものがある。音量が小さいから使いやすい人もいれば、音量が小さいから物足りない人もいる。ヘッドホンで周りを気にせず叩けることが自由になる人もいれば、耳だけから音が返ってくることに違和感を持つ人もいる。
東京カスタムドラムセットで僕らが考えている「カスタム」も、たぶんそういうことだ。正しいドラムセットが一つあって、人間の方がそこへ合わせるのではない。人によって、身体によって、叩きたい高さも、欲しい音量も、欲しい振動も違う。そもそも「音を聴く」ということさえ、耳だけの話ではない。

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やがて鈴木家の電子ドラムは、部屋のなかで場所を取るものになった。ダイニングの配置を変えたりしながら、置き場所も変わっていく。ドラムセットというのは、使っているときは楽器だけれど、使わなくなると途端に大きな物体になる。
「邪魔って言われますね」
「あと埃が溜まってくる」
電子ドラムは生ドラムよりコンパクトとはいえ、パッドがいくつもあり、スタンドがあり、ペダルがあり、コードがある。置いておくだけで、部屋の一角をかなり占領する。最終的には分解され、ケースのなかに収められた。僕らが訪ねた日には、もうきれいにパッキングされていた。
話を聞き終えた頃、玄関が開いた。凱士さんが、事業所から帰ってきた。
「こんにちは」
以前、横浜で会ったことを由紀子さんが説明してくれる。「あのとき、ダンスしてくれて」と僕が話しかける。
凱士さんは、この電子ドラムをそれほど叩かなかった。けれど、いまもドラムそのものは続けている。九月にもライブがあるという。つまり今回も、ドラムをやめたからドラムを手放す、という話ではなかった。むしろ、生のドラムを叩き続けるために、家にあった電子ドラムの役割がなくなった。
「使われてなかったドラムなので、使っていただけるとしたらありがたいです」と由紀子さんは言った。

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僕らはケースの中身を確認した。パッド、スタンド、ケーブル、ペダル。きれいに詰め込まれている。ただ、キックペダルの一部が見当たらなかった。「奥にしまっちゃったかも」。見つかったら後で送ってもらうことになった。すべて揃ってからでなくてもいい。東京カスタムドラムセットでは、別の家からやってきたパーツと組み合わせることもできる。先に届いた電子ドラムにも、仲間が増える。
由紀子さんの職場の同僚から鈴木家へ。鈴木家から東京芸術劇場へ。この電子ドラムは、また人から人へ渡っていく。今度叩く人は、もしかすると電子音の方が好きかもしれない。大きな音が苦手な人かもしれない。スティックを強く振れない人かもしれない。パッドを一つだけ、身体のすぐ近くに置いた方が叩きやすい人かもしれない。凱士さんにはあまりしっくり来なかったこの楽器が、別の誰かにはちょうどいいということもある。ある身体には合わなかったものが、別の身体のところへ移っていく。
きれいに詰められたケースを閉じた。凱士さんはこれからも、生のドラムを叩く。電子ドラムの方は、池袋へ行く。

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文:アサダワタル
※ドラムセットは監修者へ譲渡されたものであり、本プロジェクトでのみ活用されます。
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